1.命激しき戦え青年 黒ひげ危機一発。 それはタカラトミー(旧トミー)が1975年から発売しているロングセラー商品。 海賊が頭だけを出している樽に対して短剣を刺し、樽から飛び出す海賊の反応を楽しむゲーム。 なお、飛び出させた方が負けというルールが広まっているが、正式には“飛び出させた方が勝ち”である。 「ん〜――セーフっ」 「チッ。お前、悪運だけは強いよな」 「あったり前よ。ほら、アンタの番。さっさと負けて私に奢りなさい」 「わかった、ぜってー負けねぇ」 上記の玩具に熱中しているのは、名門私立白皇学院の教職員の、桂雪路と薫京ノ介。 そして、ここは生徒会室。 「なんで天球の間で黒ひげゲームやってるのとかしかも教師同士じゃないとかそれ以前に、お金を賭けるのはやめなさいっ!!」 「ちょっと黙っててヒナ。むむむ、穴はあと五つか……」 「五分の一だ。危ない賭けだぞ、雪路。このままオレに奢っとけ」 「何言ってんの。私がお金持ってるワケないじゃない。持ってたらアンタなんかにタカらないわよ」 「じゃあ負けたらどうするつまりだったんだ!?」 「ヒナに借りる。そのためにここでやってるのよ」 「貸すかっ!!」 ヒナギクの叫号が天球の間に響き渡る。 「だいたいお姉ちゃんはいつもいつも――」 「「あっ」」 カシャンッ。エドワード・ティーチが樽から飛び出る。 そして、短剣を突き刺したのは―― 「げー……。まさか負けるとは……」 「やたーー!! よっしゃー、飲みに行くぞナ○ヤ!! 今日は(ナ○ヤの)奢りだ!!」 「くぅ、さらば諭吉大先生……。次お会いするのは今月末か……」 財布の中を眺めて、悔し泣きをする薫。 しかしそれもつかの間、すぐにヒナギクの怒号が。 「お姉ちゃんも薫先生も、そこに直りなさいっっっ!!」 その後、二人は正座させられ、小一時間説教と正宗を叩き込まれた。                □ 「だいたい、あんな阿呆みたいな賭けを吹っ掛けてきたのはお前だろ。なんでオレまで桂に怒られにゃいかんのだ」 「知らないわよ。それに黒ひげは阿呆じゃないわ、偉大なゲームよ!」 「それこそ知らねぇよ! つーかお前飲みすぎだ、自重しろ」 「するか! お金が無いのよ、自重なんかしてたら生き残れないわっ!」 「威張るな!!」 居酒屋チェーン店で、コントまがいの会話をしている二人。 ついさっき、ヒナギクに一時間もの説教をくらったにも関わらず、のこのこと居酒屋へ(薫は半ば強制的に)飲みに行くのであった。 「お前、まだ十日だぞ? 先月の給料は――って、愚問だったな」 「お酒とお肴で消えたわ」 「分かり切ってるから答えなくていい!」 「あーあ、なんでお金って無くなるのかしらねー」 「それは真理だな」 「真理って何? あぁ、アンタに彼女ができないのと同じってコトか」 「それは真理じゃねぇええっっっ!!」 「煩いわねぇ、他の客の迷惑になるでしょ」 「お前はオレに迷惑かけてるぞ!!?」 「ちっちぇなあ、ナ○ヤは。そんなんだから童貞なのよ」 「わかった!! つまりテメェはオレに殺されたいんだな!!? いつでも殺ってやるぞゴルァ!!」 杯に残っていた焼酎を一気に飲み干して、立ち上がる京ノ介。 そしてそれを飄々とした態度で流す雪路。 「ハフー、このスッコトドッコイ。ナ○ヤがキ○ヤシに勝てるワケないでしょ?」 「そんな『やめてよね、○○が僕に敵うわけないじゃないか』みたいな口調で言うんじゃねぇっ! 無性にムカつくだろうが!!」 「ま、とにかく座りなさい。そして今度は日本酒イクわよ、ナ○ヤ。ボトルキープしていい?」 「なんでそんな我が物顔なんだよ……オレに奢られてるって自覚しろ。……はぁ〜、ったく」 疲弊したように座る薫。 そして呆れたように、メニューを見る。 「別にいいぞ、どーせまた来るし。どれがいい?」 「コレ」 「なんで迷う事無く一番値段が高いヤツを選ぶんだ!? 五千なんてムリに決まってんだろ!」 「ちっ。これだから貧乏人は」 「テメェよりはマシだ、この無銭飲食者」 「臆面も無く他人にたかれるのは、私の美徳の一つよ!」 「それを人に言っちゃう正直さはお前の美徳だな!! そして言った内容は明らかに悪徳だっ!!」 「じゃあコレでいいわよ、この『東薫』ってヤツ。値段も手頃だし、なんかアンタの名前入ってるし」 「別に名前が入ってなくても味は変わらんだろ……」 「えー? 同姓の奴と一緒に飲んでるんだから、ちょっとは美味しく感じるんじゃない?」 「――――。」 心拍数が上がる。 軽い眩暈が薫を襲った。 雪路の無邪気な笑みは、かつての学生時代を思い出す。 大人になって、雪路の傲岸不遜振りに磨きがかかったかと思っていた薫だが、その実、彼女の笑顔は当時のまま何も変わっていない。 「ん? 何よ、人の顔見ながらボーっとしちゃって。不細工に磨きがかかってるわよ?」 「――ッ。……うるせぇ、余計なお世話だ。じゃあこの『東薫』でいいんだな、店員呼ぶぞ?」 「えぇ。ま、キープしないで飲み干すってのも、一つの手かもしれないわねー」 「飲みすぎんなよ、送ってくの面倒だし。桂に説教された手前、お前の家に行くのは気が引ける」 「あー、ヒナが家に入れてくれないかも……。まぁ、その時はアンタの家に泊まるから」 「――――。」 ・ ・ ・ はい、薫の心臓がきっかり三秒停止しました。 「それだけはヤメテ……」 首を左右に振って、拒絶を表す薫。 「なんで? 一回泊めてくれたコトあるじゃない」 「ぅるっせぇ!! アノ時はオレの部屋に押しかけたテメェがいつの間にかオレの布団で爆睡してたから仕方なく泊めたんだよ!!」 その時に薫は一晩中、自身の欲望と激闘を繰り広げていた。その欲望とは、主に睡眠欲と精欲。 その闘いは、日の出と共に終戦した。 薫は取り敢えず、一晩中ガンプラ製作をして気を紛らすという方法で、軍(欲)の攻撃を回避したのである。 雪路の「ぅうん……」という寝息攻撃とか、無垢な寝顔とか、かなりヤバかったらしい。 あの地獄の責め苦にもう一度耐える自信は、薫には皆無だった。 「えー。じゃあホテル行く? 勿論アンタ持ちで」 「行くかーーーーっっ!!!」 「何よ、そんな頑なに断んなくても。このヘタレ」 「うるせぇよ。うるせぇよ!!」 「二次元ではブイブイ言わせてるクセに。あ、アンアン言わせてるの間違えだったわ」 「殺して解して並べて揃えて晒してやんよっっっ!!」 「何よ、そんな初心にテレなくても。この(二次元)ジゴロ」 「そのフザケた造語やめろ!」 「はいはい。薫クンは雪ちゃんの瞳に困憊でちゅよねー」 「■ね」 「冗談の通じない奴ね、まったく。あ、東薫来た」 「やっぱ熱燗だろ? お湯を……」 「は? 生(き)に決まってるじゃない。わざわざ薄めてどーすんの?」 「…………ぇえ? お前、日本酒いつも生で飲んでんの……?」 「え……なんか、おかしい、かな……?」 「いや、おかしいっていうか――よく身体持つな」 「私、肝機能強いから」 「脳機能弱いのにな」 「う、うるさいっ! これでも教師だぞ!! バカにすんなっ!!」 「あーうるせぇ、他の客に迷惑だろうが」 「私はアンタのコト……迷惑なんて、思ってないよ……?」 「…………ぇ……?」 薫の脳内では、この後雪路が「アンタは私に迷惑かけてるわよ!?」と言い、コントの基本である“繰り返しギャグ”が完成していた。 だが予想に反した雪路の台詞に、アルコールパワーで表情には出てないにしろ、薫はだいぶ動揺した。 「迷惑じゃなくて、金蔓って思ってるわ☆」 「ですよねぇ!!!」 「あったり前じゃない。さ、東薫をキープして二次会行くわよ。行灯にでも!」 「それは奢らないからな。……おい、オレ名義でキープしとくから、一人で来た時勝手に飲むなよ」 「――……え?」 「え? じゃねぇ!! バリバリ飲む気かよ!!」 「じゃあ、また一緒に来た時に飲むわ。それならいいでしょ?」 「ん――あ、あぁ……。い、いいけどよ……」 言い淀む京ノ介。 そしてそんな彼を気にも留めず、立ち上がる雪路。 「よっしゃあ、じゃあ行灯に行くかぁ!」 「本当、そっちは奢らないからな」 「ちっちぇなぁ、ナ○ヤは。そんなんだから――私が気ぃ使わなくちゃいけないんじゃないの」 「…………は?」 「なんでもない。ほら、さっさと会計済ませて行きましょ、キョウ」 「――――。」 それは、いつだったか。――もうだいぶ前の話。 初対面の男子に、「アンタ目ぇ死んでるね。そのまま脳も死ねばいいのに」と言ってきた少女がいた。 その少女は、「あたしのコトはゆっきーと呼びなさい! で、あたしはアンタのコトを廃人と呼ぶわ」なんてステキな冗談もかましてくれた。 そしてその少年が反論すると、「何よ、メンドイ奴ね。じゃあ……キョウでいいわよね?」と言った。 そのあと『ゆっきー』と呼ぶのも恥ずかしかったんで、他の呼び名にしてたんだっけ。 オレは、なんて、呼んでたっけ。 ……まぁいいや。 そうか。あれはオレがまだ消防の時、雪路と初めて会った時――。 「ったく、相変わらず身勝手なヤツだ」 「な、何よ。そんなヤニから肺に」 「何故煙草? 藪から棒だろが」 「う、うるさいうるさい!! 早く行くわよっ!!」 ……折角雪路が、久しい名で呼んでくれたんだ。 オレも、それ相応の呼び名で、応えるとしよう。 京ノ介は肩を竦めて、立ち上がった。 そしてコートから財布を取り出して、言う。 「ぁあ。……わぁったよ――ユキ」 大分、外は寒くなってきた。