≪絶滅危惧種 -FILE1-≫  家出少女。  若気の至りで親と喧嘩をして、  行く当てもないのに家出をして、  着替えなどの荷物を持ってくるということも咄嗟に失念してて、  仕方なく涙目で公園のブランコを一人こいでいるような、  そんな、現代において既に絶滅している種。  それが家出少女。そんな種に、ぼくは出会ってしまった。――否、ぼくは“出遭って”しまったのだった。  ぼくが拾った――この言い方は彼女にとって不本意だろうけど――彼女と、ぼくだって不本意だが、拾ってしまったぼくとの、“出遭って”から一晩が過ぎた頃の話。                ■  朝起きて、ぼくはすぐに首を傾げる。  はて、なんでぼくはベッドじゃなくてソファーで寝てるんだろうか。と、考えたところではたと気が付く。  ――そうだ。下に珍しき、家出少女なるものを拾ったんだ――  ぼくはそれに思い至った瞬間、自殺したくなった。なんでこんなことに巻き込まれなくちゃいけないのか……。  しかしぼくにも良心というものがある。それに、その良心が無ければ彼女を拾うこともしないで無視していただろう。  そりゃあ、人間である以上、雨空の下の公園のベンチでうずくまって気を失ってる少女を見たら、無視を決め込むなんてマネは出来ない。 「一応、濡れた髪とかは拭いたけど……さて。風邪でもひいてないといいけど」  ちなみに、濡れた服も脱がした。洗濯機に入れてから寝たので、もう洗い終わってるはず。いやいやいや、中身は見てませんよ、はい。 「お風呂とか入らせないとなぁ……取り敢えず、起きるのを待つか」  ぼくは起き上がって、洗面所で顔を洗ったあと、お風呂を沸かして台所に向かった。  冷蔵庫を開けて中を確認。ハムエッグくらいは作れそうかな。それに、インスタントのコーンスープの素があるしそれで朝食はなんとかなるだろう。 「〜♪ 〜〜、〜♪」  ヘタな口笛を吹きながらノリノリで調理していると、後ろのベッドの中身がもぞもぞと動いた。そして、一言。 「へ、た……」  ぼくの口笛がヘタだとっ!? 開口一番にそれかよっ! 「おなかへった……」 「あ、そっちね……」 「ん、んん……ん?」  彼女はもぞもぞと上半身だけ起こすと、ぼうっとした表情でこちらを眺めてきた。  ちなみに、服は下着以外すべて脱がしたので、このままじゃイロイロと危ない気がした。 「あー……えーっと、おはよう」 「おは……よ、う?」  って、そうじゃないだろっ。 「ま、まぁ、言いたいことも訊きたいこともあるだろうけど、取り敢えず風邪ひいちゃうかもしれないし、お風呂入ってきなよ」 「…………。」  彼女はしばらく考えたあと、こくりと頷いた。お風呂の場所だけ教えて、ぼくは調理に戻る。  ハムエッグはすぐに出来上がった。それに食パンをトースターに入れて、トーストを作って。コーンスープを溶かしたら完了だ。  その間に、彼女の着替えを用意しないといけないのに気付く。取り敢えず、ぼくの寝巻きのスウェットを洗濯機の上に置いておく。 「着替え、洗濯機の上に置いてあるから」  ドアの向こうの彼女に呼びかけて、すぐに台所に戻る。ちょうど、トーストが焼きあがったところだった。 「これでよし、と……」  あとは彼女が戻るのを待つだけ。ご飯食べさせて、そのあとはどうしようか……? 「親のところへ返すか? でも、どーせ親と馬が合わなくて出てきたんだろうし……。警察沙汰にはしたくない……」  彼女を説得できればそれが一番良いんだけど、ぼくにそんなことできるはずもないしなぁ。  とにかく、彼女の出方にもよりけりだけど、こんな男が一人暮らししてる家に長居させちゃヤバイだろう。  追い出すってワケじゃないけど、丁重に家に送り返さなければ。  しばらくして、彼女はぼくの白いスウェットを着て、とことことリビングに戻ってきた。 「ん、出たね。湯加減はどうだった?」 「……良かった、です。あ、ありがとう……」 「そっか。じゃあ、ご飯用意してあるから、食べてよ。トーストとハムエッグ、それにコーンスープね。嫌いなものある?」 「……いいえ、無い、です」 「良かった。どうぞ、座って」  彼女は大人しく座ったので、ぼくはそのまま彼女の対面のイスに腰掛ける。  それから会話も無く、かちゃかちゃという食器の音と、食べ物を嚥下する音しか聞こえなくなる。  まぁ、ゆっくり食べてそのあとに色々と話を訊けばいいか。  そんなことを考えていると、不意に彼女がコーンスープを飲み干して、呟いた。 「おいしい……」 「え……? そ、それは良かった……」  インスタントだけどね、と言おうとしたが、彼女はそれきり、うつむいてしゃくり上げながら泣き出してしまった。  安心したのか、それともまた別の感情なのか、ぼくには分からなかったけど、ぼくは無防備にも泣き顔をさらけ出している彼女を、なんというか、“守りたい”と思った。 「ぅ、っく……ぐすっ、うぇえぇぇん……」 「…………。」  ぼくは気の利いた言葉の一つも言えず、ただ彼女に胸を貸していた。  すがりつくように、彼女はぼくに体重を預けて、ただ泣くだけだったけど――  ぼくが背中に腕を回して抱き締めたら、彼女の表情が悲愴なものから安堵のものへと変わったのが無性に嬉しかった。                □ 「キミの名前は?」 「……こうめ」 「こうめちゃん?」 「……本当は、小梅(シャオメイ)――姚 小梅(ヤオ シャオメイ)。でも、この名前を言うと、みんなヘンな顔する。ウォ(私)の名前、何かヘンところある?」 「いや、特には。へぇ、でも、中国系なんだね」 「ウォのムーチィン(お母さん)、向こうでウォを産んだ。フーチィン(お父さん)があっちの人で、ムーチィンが日本人」 「色々と苦労してるんだねぇ。それはそうと、なんであんな、公園のベンチなんかで丸くなってたの? しかも雨だったのに」 「それはムーチィンが悪いの!」 「おぉう? 喧嘩でもしたの?」 「ウォのぱんつ、フーチィンのと一緒に洗った!」 「…………。」 「ん? お兄さん、ヘンな顔してる。ウォ、何かヘンなこと言った?」 「い、いや……うん、思春期ってヤツだよね」 「お気に入りだったのに……」 「何が――って、下着か」 「お兄さん、見る? ウォのぱんつ」 「あっはっはー、見せてくれるなら見たいなぁ」 「ほら」 「おぉうっ!? まっ、まさか本当に見せてくれるとはっ!」 「ウォのぱんつ見てこーふんした?」 「ぱんつ? あぁ、この星で使用されているという下半身用防寒衣類のことか」 「違う銀河系の人のふりしない。こーふんしたでしょ?」 「………………………………………………………………………………まぁ、ぼくが年端もいかない少女の下着を見たところで興奮するワケがないんだけどね」 「今の長い間は何?」  とまぁ、そのあとこんなやり取りがあった。  ていうか、ぼくはまだ二十歳にもなってないだろう女の子に、わざわざスウェットのズボンをずり下ろしてまでぱんつ見せてもらったワケだ。  ぼくは何をやっているのだろうか。 「えっと。じゃあ……これからどうするの? さすがに、いつまでもここにいるワケにはいかないでしょ」 「……それは、そう、だけど……。……お兄さんは、一人暮らし?」 「うん、まぁ」 「じゃあ……しばらく、泊めて?」 「…………。」  ……そりゃ、ね。分かってたよ、この展開。確信というか、勘みたいなものがぼくに教えてくれたよ。 「ぼくは男で、キミは女の子。まず無いとは思うけど、もしも過ちみたいなものが起きちゃったら、キミの両親になんて言い訳すればいいんだよ」 「大丈夫。“責任”さえ取ってくれれば、ウォはお兄さんみたいな男の人にだったら、ナニされてもいい」 「よしじょうきょうをまとめてみようかー」  推定16歳の日系中国人少女がぼくの家に居候、あまつさえナニされてもいいと言ってくる。  なかなか複雑な状況だな……。もっと簡単に、シンプルにまとめてみよう。  16歳の女の子がぼくの家に来た → イケるッ!! 「あれぇ意外と単純!?」 「うわっ、いきなりどうした!?」 「いや……少し混乱しただけだ、まったく問題無い。ノープログレム」 「モーマンタイ? なら、ウォを泊めてくれるってこと?」 「…………。」  いや……この状況、ホントにどうする?  確かに、確かにオイシイ状況ではある。ネタ的に! これは絶対ネタになる。だけど人徳的にはどうだ? 16歳って犯罪じゃん……。  難しい問題だ……だけどネタにはなるな。  でもどうせお金とかも持ってないだろうし、女の子を養うとなったらお金は色々と入り用になるだろう……だけどネタにはなるな。  第一、どこで寝るんだ? ぼくのベッドを使わせるとしたら、ぼくはソファーだし。敷布団とかも買わないと……だけどネタにはなるな。 「だめ?」 「いやごめん、その上目遣いにぼくを見詰めるのやめてくんない? この突飛な状況に流されそうになるから」 「? そんなこと言っちゃったら、やめるはずない」 「そうだよね。なんでそんな言い方したかっていうと、この状況の流されたくないっていうのは本心なんだけど、上目遣いで見詰められたいっていう欲求も本心なんだっっっ!!!」 「……お兄さん、もしかしてへんた」 「おっと。それ以上は言っちゃだめだ。それは言葉にすると……安っぽくなっちまうから」 「お兄さんって、よくヘンな人って言われる?」 「あっはっはー、何を言ってるんだいこうめちゃん。ぼくのような常識人が、なんでそんな不名誉なあだ名を付けられなきゃいけないのさ」 「……まぁ、それは置いといて」  置いとかれちゃったよ。これって意外と、重要な問題じゃなかった? 「じゃあ一つ条件を出そう」 「条件?」 「今からぼくが言う言葉を、そっくりそのまま復唱すればいいよ」 「そんなことでいいの? なら、お安い御用」 「んじゃ、いくよ。『麻婆豆腐、追加お待たせアルー』」 「麻婆豆腐、追加お待たせアルー」 「『にゃんにゃんにゃんにゃんニーハオにゃん。ゴ〜ジャス、デリシャス、デカルチャぁ〜♪』」 「にゃんにゃんにゃんにゃんにーはおにゃん。ゴ〜ジャス、デリシャス、デカルチャぁ〜♪」 「『私は謎の情報屋こと陳さんアルヨー』」 「私は謎の情報屋こと陳さんアルヨー」 「『べ、別にアンタなんかどうも思ってないわよ! ばっ、ばかぁ……』」 「べ、別にアンタなんかどうも思ってないわよ! ばっ、ばかぁ……」 「もう何日でも泊めてあげるよっ!」 「やっぱお兄さんはヘンな人」  なんかもう、ダムが決壊した時くらい流されてる気がしないでもないけど、ネタ的にオイシイからいいや。  そんなこんなで、家出少女との同棲生活が始まるっぽいのでした。  自分の信念に従って行動した。後悔はしていない。 To Be Continued...?