≪南風と共に来たる夏を迎えつつ。≫ 境内の掃除をサボって、巫女装束のまま公園でブランコに乗りながら暇を持て余していたところ、偶然にもハヤ太君を発見した。 公園の入り口の前を、一人黒い執事服という出で立ちで通り過ぎていく。 「……ふむ。」 いい暇潰しを見つけたな。 にやり、と口の端を三日月のように吊り上げる。 と。そんな私を、ハヤ太君が発見したようで、声を掛けながら私に近づいてくる。 「……むう。」 飛んで火に入るなんとやら。 「あれー? 朝風さんじゃないですか。何してるんですか、こんなところで」 「やぁハヤ太君、奇遇だな。別に、何かしているというワケではない。言うなれば、暇してた」 ブランコから降りて、手を挙げながらハヤ太君に挨拶する。 「君は?」 「僕ですか? 僕は、ちょっと買い物してました」 「ふぅん? 何を――って、そうか。いや、野暮なことを訊いた。そうだよな、ハヤ太君だってオトコノコだもんな。そりゃあ、人には言えない買い物の、六百や七百はしているよな……」 うんうん、と何度も頷く私。 「なに一人で納得してるんですか! 別に人に言えない買い物じゃありませんし、絶望的に単位が間違ってますよっ!」 そう抗議して、持っていた袋の中から紅茶の茶葉を出したハヤ太君。 「これです。そろそろ切れるところだったので、買出しに行ってきたんですよ」 「ふむ、紅茶か」 私は紅茶にあまり詳しくないので、どんな銘柄か分からない。英語じゃなかったのでパッケージの文字も読めない。 首を傾げる私に、ハヤ太君は不思議そうに言う。 「あれ、朝風さん、紅茶はあまり好きじゃないんですか?」 「いや、好きじゃないというより、あまり飲む機会が無いだけだよ。ウチではお茶と言ったら緑茶だからな」 「え? ぁあー、神社でしたね、朝風さんのお宅は」 「そう。また今度、夏に来るといい。かなり盛大に祭りをやってるから」 夏の終わり。 まだ蒸し暑さは残るものの、もう既に初秋を漂わせる、晩夏の祭り。 朝風神社で行われるその祭りは、過ぎ行く夏を惜しみつつ、やって来る秋を迎えるという意味を込めて、送夏祭と呼ばれている。 「へー、お祭りですか。いいですねぇ」 「ハヤ太君の好きな巫女さんもいっぱいいるしな」 「いつ僕が巫女さんが好きって言いました!?」 「え、嫌いなの……? そうか……私はハヤ太君に嫌われていたのか、私は君のこと、嫌いじゃないのにな……」 小袖で口元を隠しながら、俯き加減に言う。 「いやいやいや、そうじゃなくて!」 「じゃあ、私のこと好きか?」 「えっ!? いやぁ、好きか嫌いかというと、やっぱり好きな部類でしょうけど、それがそういう感情かというとまたそれは別の話でっ!」 「そうか。少なくとも、嫌われてないんだな、私は」 計ったように、にぱーと笑顔で言うと、見る見るウチにハヤ太君の顔が赤みを帯びていく。 「あっ、えっと、その――」 「まぁそんな冗句はさて置いて」 「冗句っ!?」 「えーっと、なんの話だっけ。ぁあ、ハヤ太君が、みみみみ巫女さんハアハア、とか言ってたから私が貞操の危機を感じた、っていう話だっけ?」 「全くもって違います!」 「あれ? 緋袴をたくし上げさせて、千早から胸部だけさらけ出して、「や、やめて下さい……私、巫女なのに……こんな穢らわしいこと……」ってな感じのプレイが男の浪漫ですよね、とハヤ太君が私に言ってきたんじゃなかったっけ?」 「男の浪漫という言葉を軽々しく使わないで下さいっっっ!! 男の浪漫っていうのは、もっと格好良いものなんですよっ!!」 「マジギレかよ!」 「男の浪漫っていうのは、もっとこう……溢れるほどの熱い何かと、迸るほどの凍てつく何かで出来ているんです!」 「あぁ、体は剣で出来ているって感じ?」 「なんですか、それ……?」 通じなかった。 あれー? ナギがこういうの好きだし、ハヤ太君も知ってると思ったんだけどなぁ。 「まぁいい。それより、なんの話だったんだっけ」 「……夏に朝風さんのお家で盛大にお祭りがあるから、来たらどうだっていう話です」 「あぁ、それだ。いつも美希や泉、ヒナを誘ってるんだが――今回は、ナギやハヤ太君も誘おうかと思ってな。まぁ、ナギが来ればだが」 「そうなんですよねぇ……お嬢さま、そういうの好きじゃないですからね……」 ハヤ太君は項垂れるように、首を下に向けた。 「それは君の努力次第だろう。ナギを行く気にさせるのも、執事の仕事ではないのか?」 「分かってます。当日、予定が無ければ行かせていただきます」 「祭りの当日は、私も手伝いがあるから案内するのはちょっと難しいが……なんとか抜け出してやるさ」 「手伝い、ですか。大変ですねぇ」 「あぁ。鍬で布団を裂いて、中の綿を川に流すという作業なんだが――」 「それどこの雛見沢ですかっ!?」 「何故ひぐらしが分かってフェイトが分からないんだ!」 「そっちですかっ!?」 思わずツッコミをツッコミで返してしまったよ……ハヤ太君、恐るべしだな。 「だから、ハヤ太君。祭具殿の中に忍び込んだりするなよ、祟られるから」 「朝風神社って何を祀ってるんですか!?」 「え、君、そりゃあ……オヤシロ様に決まってるだろう」 「そうなんですかっ!?」 「まぁ冗句はこれくらいにして」 「冗句っ!?」 うーむ。 なかなか突っ込めるな、ハヤ太君は。 だが……サブカルチャー知識は偏りがあるな。 「……しかし。」 「はい?」 「改めて我々を客観的視点から観察すると、黒い執事服の君に巫女装束の私――かなり怪しいコンビだな」 ハヤ太君と自分の服装を眺めながら、しみじみと感じた。 「それを言わないで下さいよ! 僕、実は結構気にしてたんですから!」 「うん。私もそう思ってわざと口に出した」 「最初から逃げる余地無かった!?」 ……実は、私も気にしていたりするんだが。 「どうすればいいと思う?」 「どうって……どうしようもないんじゃ」 「喫茶店行くとか」 「それは公園以上に目立ちますよね!?」 「でも、君はそういう羞恥プレイが好きなんだろう?」 「どうして朝風さんの中で僕がそんな変態キャラに位置づけられてるんですか!?」 「わっ、私は別に構わないよ……?」 わざと上目遣いで、テレた演技をする。 「そんな今までのキャラを崩してまで僕をからかわないで下さい!」 「べっ、別にアンタと喫茶店に行きたいわけじゃないんだからね! かっ、勘違いしないでよっ!」 「うわぁ似合わねー!」 「な、何よ、アンタなんかに似合ってるなんて言われたくもないわよ……ば、ばかぁ」 「うわぁ似合わねー!」 「……あの人は悪くない、悪いのはアイツだ……そうに決まってる……」 「ちょっ、ハマりすぎて逆に恐いです!」 「あれぇ私ってヤンデレ属性だっけっ!?」 「ぇ? ん、いやぁ、まぁ」 ちょ、そこははっきりさせておきたいんだけど!? 私ってそんなに病んでるか? え、そういう風に見える? き、気をつけないと……。 こほん、と咳払いを一つ。 「ま、まぁいい。いや、よくないけど。兎角、ハヤ太君」 「は、はい?」 「引き止めて悪かったな、買い物の途中で」 「あ、いえ、大丈夫です」 「おかげでいい暇潰しになった」 「そうだと思いましたよ!」 「私は暇が潰せたし、君は巫女装束で目の保養になったし。一石二鳥とはまさにこのことだな」 「暇が潰さないといけないくらいあっていいですね!」 もう巫女スキーと認定されていることについて突っ込まなくなったな――時に諦めも必要だよハヤ太君。 「私はそろそろ境内の掃除に戻るとするか」 「サボってたんですか、やっぱり……」 「やっぱりとはなんだ、失礼な」 「いやぁ、働き者の朝風さんがサボタージュなんて珍しいなぁ。明日は雷雨かな?」 「…………むう。」 やはり、日頃の行いか。 「じゃあまた。今日は暇潰しになってくれて有り難う」 「なんだか微妙な心地ですが……どういたしまして」 「たまには、こうしてハヤ太君で遊ぶのも楽しいな」 「僕でっ!?」 「君と私は、簡単に言うと使用者と玩具の関係――まぁつまり主人と愛玩隷奴の関係だな!」 「そうでしたっけっ!?」 「何があっても靴を舐めれば済むほど仲が良い」 「それは果たして本当に仲が良いのかとかそれは朝風さんの靴を僕が舐めるのかそれともその逆なのとかそれ以前に朝風さんってそういうシュミがあったんですかっ!? 言いたいことが纏まらなくてツッコミが説明的になっちゃいましたよ!」 む、それでは私がヘンタイさんみたいじゃないか。 「べ、別にそういうシュミは無いっ。ただ喩えで言ってみただけだ」 「へぇ? 朝風さんは、そういう?」 「うっ、うるさい! なんだ、さっきまでさんざん弄られたらって、今度は私に意趣返しというワケか!?」 「いやぁ、そんなことあるワケないじゃないですかぁ。では、僕はこれで! 失礼しまーす」 脱兎の如く、公園から去っていくハヤ太君。 「あ、こらハヤ太君! まっ、まだ話は終わってないぞっ!」 引き止めてみたが、時既に遅し。 むう……最後の最後で、仕返しをされてしまった。 悔しい、でも感じちゃう……っ!(ビクンビクン) ……こういうのが、ヘンタイさんチックなのかもしれんな。自重せねば。 巫女装束で商店街に戻る私、かなりの羞恥プレイ。                □ 「……理沙? 何そのカッコ……ネタ?」 「ネタじゃないよ神聖なるゴッドに仕える由緒ある装束なんだよ」 「はいはい……でも、そのカッコで商店街を闊歩するのは、ちょっと勇気いるわね」 「う……ひっ、人が気にしていることを!」 「……一応、気にはしてたのね」 ハヤ太君と別れた後、またもや偶然にも美希に会った。 辺りを見回したが、泉やヒナの姿は無い。 「今日は一人なのか?」 「泉が一緒だったんだけど……いつの間にかはぐれちゃって」 「こんな狭いところではぐれるなんて……まぁ、歩き回っていればそのうち見つかるだろ」 「歩き回るのダルいじゃん」 「…………。」 駄目人間だった。 私も大概だが。この娘はもっとダメダメだった。 そこが可愛い憎いやつ。 「でも……なんで巫女服?」 「いや、境内の掃除サボって……そのまま、と言うか」 「……まぁ、いいけどね。そんなカッコしてると、ソッチ系の人だと思われちゃうわよ」 「コスプレって言うなぁ! 私は本職なんだよ!」 「だからこそイイ、って言う連中は山ほどいるんじゃない?」 「……うっ」 それはイヤだなぁ……。 やっぱり着替えてくればよかった……前はそんなの気にしないで、フツーにこの格好で店とか入ってたんだけど。 今となっては、そんなことしたら何されるか分かったものじゃないからなぁ。 「早く帰って着替えなさいよ」 「むう……分かった、そうする」 「そういうのが好きな連中は、着替えてほしくないでしょうけど」 「う、うるさいな! もういい、私はこれを着て出歩かないことにする!」 急に気恥ずかしくなってきた。 やっぱり、こういうのって誰かに言われると恥ずかしいんだよなぁ。 それまではなんともなかったのに。 「そんな意固地にならなくてもいいじゃない。似合ってるわよ?」 「そ、そうかな……?」 「言うなれば、羽入」 「やっぱ着ない!」 引っ張るなぁひぐらし! もういいもん! コスプレイヤーなんて呼ばれるくらいなら、家以外じゃ着ない! 「あ、あれ。泉ね」 「ん? あぁ、本当だ」 約二十メートル前方に泉がいた。まだ美希に気付いてないようで、きょろきょろと周りを見回している。 「どうする? 私達と合流する?」 「……いや、いい。取り敢えず、家帰って着替えるし」 「そんなに気にしない方がいいわよ」 「目が笑っているな!」 まったく。 そう毒づいて、私は踵を返した。 世間は巫女というものを勘違いしている……別に私は、家がそういうのだっただけなのに。 そんなことを思案している私の背中に、投げかけられる美希の笑いをかみ殺した声。 「じゃあね、梨花ちゃま」 「だからコスプレって言うなぁ!!」 Summer has come.